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頭つかって映画観るのしんどくない?『ラ・ラ・ランド』感想(ネタバレあり)

原題 La La Land
製作年 2016年
製作国 アメリカ
配給 ギャガ、ポニーキャニオン
 
ラ・ラ・ランド』ふつーにおもしろかった。なにがおもしろかったってミュージカルがよかった。タイトルどおりハイになって楽しめる映画。
正直これしか言いようがないんだが、賛否両論あるらしい。
 
 
というわけでその辺も含めて考えてみた。
 

 

 
 本作の監督・脚本をつとめたデイミアン・チャゼル。この方かなりやんちゃなインテリである。高校在学中はドラムにはまりプロを志すが挫折。その後、超名門ハーバードに進学して、映画監督を目指す。高校時代の経験をもとに弱冠28歳で『セッション』を撮り、アカデミー賞作品賞ノミネート、3部門受賞の快挙。本作でも13部門にノミネートし、最年少で監督賞を受賞。経歴だけみたら天才児以外の何者でもない。目立った挫折が高校時代、それもプロドラマーの夢を諦めたってかっこよすぎて何だよそれって感じ。
 
 『セッション』未見につき『ラ・ラ・ランド』のみの印象になるけど、このひと意外と作品はバイブス型なんですね。ストーリーを緻密に作り上げるタイプじゃない。インタビュー漁ると高学歴シネフィルっぽいキモさがちらほら見えるけど。

 たとえば本作冒頭のミュージカルなんてその典型。渋滞からの開放感をテコにスケールと音楽とダンスでゴリ押して一気に観客の心をつかむ(個人的にはこのシーンが一番気に入った)。でも、このシーンはほぼストーリーに貢献しない(ま、ミュージカルシーンってのはそういうもんだけど)。なんせ主演の2人が踊らない唯一のミュージカルシーン。

 

 肝心のセバスチャン(ライアン・ゴズリング)とミア(エマ・ストーン)の関係は、雑なスクリューボールコメディみたいな感じですね。映画のテーマ曲で運命の出会いを最大限あおってから、肩透かし(というから突き飛ばしてる)を食らわして、最悪の出会いを演出。あのもの悲しいメロディがなければ、コントのような場面(笑)。

 

 本当のスクリューボールコメディなら、喧嘩を繰りかえして少しずつお互いが気になる存在になる。そこが醍醐味なんだけど、本作は意外とあっさりいい感じになってしまう。

 そのきっかけが丘のダンスシーン。夜景みせればロマンチックでしょ?恋に落ちるでしょ?といわんばかりの演出(おあつらえむき過ぎのシチュエーションに対するツッコミ台詞いれるあたり抜け目ないが)。

 普通なら恥ずかしくてやらないようなベタなシチュエーションだけど、客が上がれば問題なし。ベタだろうがなんだろうが手段は選ばないって感じ。

 よりわかりやすいのは、ラストの「あり得たかもしれない未来」を空想させるシーン。これとかもう絵に描いたようなジェットコースター構造ですよね。バッドエンド(現実)→ハッピーエンド(夢)→バッドエンド(現実)っていう急上昇急降下。

 

 感情を揺さぶるならIFストーリーだって平気で本編にぶちこむ男、デイミアン・チャゼル。こういうのって普通は、『シェルブールの雨傘』みたいに、演技や演出による暗示で留めて、あとは観客の想像に委ねるのが創作者の嗜みかと思ってたけど、フルスロットルでフラッシュバックさせるとは(笑)

 

 つまり、感覚を揺らすこと一点にすべてをかけてるわけです。やはりベースに音楽がある人なんでしょうね。「 Don't think Feel」って感じの演出原理がコアにある。

 
 あとは全体的なところで、原色を多用した美術と衣装。これが南国の鳥をみているようで印象的。フレンチミュージカル映画へのオマージュでもあるんだろうけど、自然光が豊かなLAの立地を存分に活かした色彩設計になっていて、ストレートに視覚を刺激してくれる。これによって夜の光であるネオンの人工光が文字通り「対照的」に浮かび上がる。美術や衣装のすばらしさを感じるとともに、チャゼルの映画監督としての力量を感じさせるところ。
 
 うん、色々と書いたけど要するに頭使わずに見れる映画なんですね。他にもそういう映画たくさんあるだろって思うかもしれないけど、意外と映画って難しいんです。最近のハリウッド大作アクションってプロット複雑ですよ。グローバルマーケットを意識した脚本作りって大変なんだなって思います。
 
 なのでテンションで乗り切ってるだけで粗削りな部分もあるし、初見で普通に「あれ?」ってなるとこもあります。たとえばぼくはキース(ジョン・レジェンド)の立ち位置とかいびつに感じました。というのも、セバスチャンと音楽性が違うというストーリーの都合であからさまにダサく描かれている。一応この映画のテーマは「夢を叶えること」になるんだが、ジャズの革新という夢を見るキースは蔑ろにされている。エマやセバスチャンと同じ「夢追い人」なのに。
 
 主人公と対立するキャラクターに不公平感があるって致命傷になりかねない。特にこの手のストーリーだと。でもそれも「音楽」と「映像」の力技で強引にねじ伏せる。あのライブシーンのダサさを見せつけられるとそりゃセバスチャンに同情するし、「あなたがやりたい音楽なの?」っていうエマの問いも真っ当なリアクションにみえる。
 
 ある種ラップのバトルみたいなもんですね。内容聞くとたいしたこと言ってないんだけど、フロウとビートアプローチが決まればオーディエンスの声は上がる。でもきちんと内容でアンサー返してロジカルに攻めるスタイルもあるし、そういうのが好きな人からすると『ラ・ラ・ランド』なにが面白いのかわからんってなるわけですよ。
 「いやいやジャズっていうのはそもそも」とか「ラ・ラ・ランドほめてるやつは映画みてないやつ」とかね。スタイルウォーズなんでどっちが正しいってことではないんだけど、前者と後者が議論するともう平行線をたどるだけで噛み合わない。
 
 ただ映画好きは圧倒的に後者が多い。だから批判がけっこう目につくし、褒めてる人でも「ミュージカルへのオマージュ」だの「ハリウッド賛歌」だのぼくにはピンとこない文脈で掘り下げてる。いや彼らがそこを気に入ったんならいいけど、この映画がウケてるのはそこじゃなくて感覚で楽しめるところだと思う。
 
 全面的に肯定するわけじゃないけど、こういうスタイルで撮れるいまのポジションを大切にしてほしい監督だなと思う。インタビューは高学歴シネフィルっぽくて生理的にうけつけないけど。