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原作と比べてどうだったか 『坂道のアポロン』感想

原作は青春ジャズマンガの傑作『坂道のアポロン』(小玉ユキ)。

1960年代の長崎県佐世保を舞台に、家庭の事情で横須賀から転校してきた主人公、西見薫(知念侑李)と学校のはみ出し者、川渕千太郎(中川大志)、そしてその幼なじみでクラスの優等生、迎律子(小松菜奈)の友情を描く。
 
 
原作が人気なので、そのエッセンスをどれだけ掬い取りつつ映画の尺に落とし込めるか、が課題の映画。あとはなんといっても映画にはマンガと違って音楽があるのでそこの強みがどれだけ出ているか、というのも見どころでしょう。
 
いきなりばんばんネタバレしていきます。よろしくお願いします。
 

 

原作との違い

 

原作ファンの方にとって気になるのは映画化に伴う改変の部分。

大きな変更は以下の4点

  1. 西見薫の父親
  2. 深堀百合香の設定
  3. バイク事故
  4. 薫と律子の関係

 

西見薫の父親

さっきも書いたけど、薫は父親と死別して佐世保にやってくる。原作では船舶の仕事をしている関係で転校が多く、佐世保にやってきたことになっている。つまりお父さん生きてるんですよ。あと薫を置いて出ていった母親と再会するエピソードもなし。そのため「友だちは一生もん」というセリフにバックボーンがなくなるけどまあ別にいいと思う。

 

深堀百合香の設定

原作では西見や藤渕の先輩という設定が、東京から来た桂木の元カノ?という設定。これは尺の都合上、桂木および深堀のストーリーを大幅にカットするためでしょうね。

それにより二人の旅立ち(原作と違い駆け落ちではない)の場面で桂木と深堀が千太郎を無視して去っていく(原作では千太郎と桂木はひと悶着起こした後、旅立ち前にセッションすることで思いをぶつけ合う)。原作ファンとしては許しがたい改変かもしれない。あと丸顔の真野恵里菜は原作の深堀とだいぶイメージが違うし、お嬢様感も薄いような気が…。高校生設定の原作よりも幼く見えてしまう。演技は問題なかったけど。

相手役のディーン・フジオカが原作のイメージ通りなんでややミスキャストっぽさが際立つ。

 

バイク事故

千太郎がバイクで事故にあうのは同じだけど、二人乗りしていた相手が妹から迎律子に変更。この後千太郎が行方不明になる点は原作と同じ。映画では千太郎の複雑な家族背景(祖母の存在はなく、保子のエピソードもなし。千太郎の父親は回想でワンカットのみ登場)を大幅にカットしているため。

 

薫と律子の関係

原作では高校時代に律子は西見に思いを伝えるが、映画では結局西見が迎の気持ちを知ることはない。律子が千太郎からいつの間にか西見に魅かれていく描写は薄く、原作を知らない観客は、上記のバイクシーンでやや唐突に律子の西見への思いを知る。事故を予感させるフラグっぽい位置づけ。

 

個人的にはビル・エバンスの「いつか王子様が」が好きなので、薫の胸キュン告白シーン「これが本番だよ」は入れてほしかったけど、深堀百合香の設定変更もありカットは仕方ない気がする。原作では、薫、千太郎、律子、百合香が四人でデートするシーンがあり、そこから勘違いを含む四角関係となる(その後、桂木と深堀が出会うことで五角関係になるのだが)。

 

 まとめ

主に尺の都合でカットした部分の整合性をとるための改変で、恋愛要素を削り、友情を取った感じ。これが逆であったらぼくも批判していたと思うが、薫と千太郎の友情は『坂道のアポロン』そのものといってよいテーマなので。

それによって原作よりも人物設計がやや薄まっている感は否めない。原作の薫はもっとツンデレ感のあるアクの強いキャラクターだけど、映画ではおとなしく地味な秀才、という感じ。原作のビル・エヴァンスっぽさはない。これはそもそも役者を探すのが無理だろう。

 

「モーニン」「マイ・フェイバリット・シングス」

 
尺の都合上原作からの引き算にならざるを得ない実写化だけど、足し算できる要素もある。いわずもがな音楽だ。
ジャズにまったく詳しくないぼくでも「モーニン」のイントロくらいはすぐにわかる。
白衣を着た医者が子どもたちにせがまれてピアノを弾く。そのメロディーでタイトルバックになる。曲が良すぎるというのもあるんだけど、モーニンのイントロにあわせたこのタイトルバックはまさに映画のイントロダクションとしてふさわしい。
 
ストーリーの起承転結に「音楽」が重要な役割を果たす。知念と中川の二人は撮影にあたってかなり猛練習したらしく、演奏シーンに手元を隠すような不自然なカットはない。
しいていえばセッション中の顔の演技が若干うるさいくらいで、クライマックスといえる文化祭でのスクランブルセッションは、「マイ・フェイバリットシングス」から「モーニン」へと切り替わる瞬間に軽く鳥肌が立った。
 

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しっかりテーマである「音楽」のシーンにてっぺんを持ってくる構成と演出。
原作の肝はちゃんとおさえてます。映画館にティーンたちのすすり泣く声が響いてましたよ。
 

時代背景とを活かしたロケハンとセット

 
本作は1966年、昭和40年代の佐世保を描いた作品(映画で明言されていたは不明)。
ジャズ自体が時代背景と深くリンクしているが、60年代を再現したファッション(60年代といえばモッズ。モッズといえばフレッドペリー)、赤電話、レコード、学生運動など、今から半世紀前の日本を再現した世界観も魅力のひとつ。原作およびアニメにはないリアリティ。
 
特に坂道のロケハンがいい。真ん中に階段のある嘘みたいに急な坂。実際に佐世保でロケしたらしいけど、映画的な画にはまるいい坂道だった。
 
あとは本作の重要な舞台になるムカエレコード。地下にスタジオがある迎律子の実家は大分県にある「昭和の町」の電機店を改装してセットにしたらしい。
知念侑李も小松菜奈もこの昭和の世界観にマッチする空気感をもっていて良かった。唯一中川大志が、現代のちゃらい若者に見えてしまうところがあるけど、まあこれはストーリー上意味のある「浮き」なのでまあ仕方がない。
 
ただあの整えられた眉毛はなんとかならなかったのか。メイクさん。
 
千太郎の兄貴分桂木淳一を演じたディーン・フジオカ、いやこの人60年代にはまりすぎ。憂いのあるテロリスト感と圧倒的ルックスがもうね。完全なる革〇派。歌声はチェット・ベイカーではなかったけど。
 
 

青春映画

 
監督は青春映画の名手らしい三木孝浩。『僕等がいた』、『アオハライド』、『ホットロード』とか撮ってる人。全部観たことないや。
ロケ地佐世保の豊かな光量を活かしたJ・J・エイブラムスばりのレンズフレアショットが盛りだくさん。まあ青春といえば青い空、太陽、夏、ということでいいんじゃないでしょうか。
 
ちなみに本作で音楽の神と紹介される「アポロン」は太陽神としても知られる神様。というかこっちの方が有名だと思う。
 
しいていえば「ここはこういうシーンですよ」という念押しのリアクションカットが邪魔かな。
例えば先ほど挙げた文化祭のセッションシーン。音楽だけで十分圧倒されるのに観客たちが「すごい」とざわめくカットがセリフこみで入る。
他にもクリスマスセッションに向けて盛り上がる三人の会話を聞く律子の父(中村梅雀)の「若いっていいねー」的な表情のカットとか、十分それで成立しているシーンにダメ押しカットをいれちゃう。
まあ親切なストーリーテリングということで。雨の古典的な使い方とかね。
 

 

まとめ

 

ティーン向けの青春映画で久しく観ていなかったのですが(『ちはやふる』以来かな)、十分楽しめる内容でした。原作と比べてどうか、という点は意見の分かれるところだと思いますが、原作未読、既読の両者にむけてうまくバランスを取った作りになっていると思います。原作の恋愛要素は薄まっていますが、その分音楽とリアリティで補強した感じですね。実写なんだから当たり前だろうと思うかもしれませんが、逆にいえばその最低ラインはクリアしている実写化だといえるでしょう。

原作は原作でとてもよいマンガなのでセットで楽しむことをおすすめしたいところではありますが。

ラ・ラ・ランド』が捕まったジャズ警察の方々がどう思うかはわかりませんし、その層を考慮する必要がある作品だとも思いません。

卒業シーズンにぴったりの青春映画ではないでしょうか。ぜひご覧ください。